京都 神泉苑平八ー結婚式・披露宴・京懐石・うどんちり・龍王船・神泉苑・会食・平安京
サイトマップ
京都 神泉苑 平八
創業寛政元年(1789年)
   
   
 
Home 京都 神泉苑 平八
 
お料理 京都 神泉苑 平八
 
お部屋 京都 神泉苑 平八
 
挙式・披露宴 京都 神泉苑 平八
 
営業案内・アクセス 京都 神泉苑 平八
 
ブログ 京都 神泉苑 平八
 
龍王船 京都 神泉苑 平八
 
神泉苑 京都 神泉苑 平八
 
ご予約・お問い合せ 京都神泉苑 平八
 
お取り寄せ京都 神泉苑 平八
  English 英語  京都 神泉苑 平八
 
会社概要 京都 神泉苑 平八
 
求人 京都 神泉苑 平八
 
リンク 京都 神泉苑 平八
 
   
 
京都 神泉苑 平八 プロモーションVIDEO
 
こちらからどうぞ
   
 
特別ご優待券 京都 神泉苑 平八
 
 
京都 神泉苑 平八 ■Add〒604-8306京都市中京区二条城南側■Tel075-841-0811 ■Fax075-801-5131 ご予約・お問い合せ
 
 
twitter
   
 
 
 
QRコード 京都 神泉苑 平八
 
京都 神泉苑 平八 携帯サイト
   
 
 
 
 
会社概要
 
 
【株式会社 祇園平八 概略史】

創業寛政元年(1789年)
伏見稲荷参道で、茶店「平八」と言う屋号を用いたのが始まりと云われています。
文久の頃(1861〜)、稲荷寿司を売り繁盛する。
昭和15年 師団街道沿いに、平八寿司開店
昭和28年 橋本氏より越後正三へのれんが継承される。
昭和30年 祇園富永町に出店
昭和32年 珍味うどんちり考案
昭和34年 しゃぶしゃぶ考案
昭和39年 祇園町四条通り沿いに出店
昭和40年 神泉苑に出店
平成8年 10代目越後修身社長就任
平成12年 有限会社祇園平八設立
平成12年 崎田茂嗣料理長就任
平成18年 株式会社祇園平八に改組
平成18年 崎田茂嗣取締役総支配人就任
平成22年 11代目崎田茂嗣社長就任

   
【「珍味うどんちり」の発案】

昭和30年頃から8代目が、看板商品の開発に取り掛かり、その概念として、日本人に馴染み深いもので、目新しく、みんなで一緒に楽しく、しかも、美味しくて珍しく、何処でも扱っていない初めての食べ物、と言う、贅沢な望みの料理研究と市場調査でした。
「すいとん」、秋田の「きりたんぽ」、旅の途中で食べた、山梨の「ほうとう」、豪快な大阪の「沖ちり」、京都の「すっぽん鍋」等を基本に京都の名物になる様な、上品で健康的な鍋料理を作ろうと、試行錯誤の末、考え発案、命名したのが「うどんちり」なのです。

それは、すいとんの味を、京都の若い人達に新鮮な味覚として味わって貰うために、うどんを改良して何とか出来ないか、と考え、考えた結果、鍋で炊いても煮崩れしない、日本一太い腰のある、滑らかなうどんの調理法が開発出来ました。
その鍋に入れる具材には、まず豪快に、季節たっぷりの京野菜、京地鶏、京丹波の豚腹肉、京都の湯葉、生麩、山菜に加えて、うどんの具材としては珍しい、「はも」に代表される京の魚介類の入ったちりなべうどん、という誠に京都の食材ばかり山盛りの、ちり鍋と云う意味で固有名詞として、日本で初めて「うどんちり」と名付けられました。
勿論、その出汁は、京料理の真髄に触れた味覚の、透明感のある、コクと香りの上品な味があって完成したのでした。

 
【「しゃぶしゃぶ」の名前と由来】

昭和30年、祇園の御茶屋さん街では、鳥の水炊きが大変好まれ、八代目が舞妓さんと一緒の「たべ会」で、時々、すき焼き用の牛肉を、水炊きの鍋の中へいれて、「こうやって、お箸でお肉を、“じゃぶ、じゃぶ”して、洗って戴いたら、柔らこうて身体にも良おて、おいしんどすえ。」と言っているのを聞き、帰ってから、いろいろ研究、試作、試食を重ね、もっと、柔らかいロース肉をじゃぶ、じゃぶして酢橘の絞り汁を醤油で味付けてその肉を付けて食べる、日本最初の「ジャブジャブ」が出来たのです。

最近までは秘伝のしゃぶしゃぶ鍋の出汁として、祇園平八では最高機密と成っていましたが、その秘伝の鍋の出汁とは、出し昆布を煮出して沸騰前に番茶の葉を入れ、軽く煮出し醤油を隠し味にしたものを、基にして造っています。(これ以上は書けません。)
最近の研究で、健康料理として実に理に適った出汁であると証明されました。

そのようにして生まれた「ジャブジャブ」でしたが、毎日、毎日商売をしている内、仲居さんたちが、当時は勿論手書きの伝票だったので、忙しさのあまり「ジャブジャブ」を「しゃぶゝ」と注文表に書くようになり料理人もそれを見て「しゃぶ○○人前」、と言う様になっていたのです。店の中で通称が、まかり通ると、常連のお客さんも真似して、「しゃぶ○○人前造ってくれ」と注文する様になり、その後、献立表も「しゃぶしゃぶ」と成って全国に広まり、今では世界中にその名を轟かせ、日本料理の代表料理とまで言われる様になったのです。

 
【「竹割り箸」の発明】

うどんちりの開発中に、こんな出来事がありました。そのうどんが、あまりにも重くて、太くて、腰があるので、それまでの割り箸では折れてしまうのです。苦労して折角作った、太くて腰の強いのが仇(あだ)になっては、そのうどんも、これでは商品になりません。太くて、強い腰のある、美味しい、「夢のうどん」にこだわって、研究に研究を重ねて完成した、そのうどんを、世に出さないわけには行かない。強い愛着と執念を持って、まず、箸の情報集めに奔走し、東奔西走の末ようやく、奈良県吉野の箸やさんが、いろんな斬新な箸を作ってくれる、と聞きすぐに相談に出向きました。

ある日、箸やさんと材料の木を探しながら、山道の小さな祠(ほこら)に手を合わせていると、目の前の美味しそうなお供えに、箸が添えて有ったのです。その箸は竹を割っただけの粗末なものでした。

最近では、日本中に広まり、省資源の一翼を担うようにも、なってきました。
これで秘伝の出汁と折れない竹箸の開発によって、夢の日本一、太くて腰の強い「うどんちり」が京都の独特の贅沢な素材と共に、京名物の鍋料理として、その時、確立されたのです。

さらに、それぞれの料理の薬味として、清水坂の七味家さんの協力で山椒味の香りの効いた特製七味も調製され、平八の味として今も平八の料理の力強い味方となっています。

 
【平八と柚子ぽんず】

昭和42年、10代目が旅の途中で立ち寄った、四国高知県芸西村の食卓の調味料が柚子の絞り汁だったのです。それは漬物に、お吸い物に、うどん出しに、さしみに、すしに、と何に付けても、かけても、数滴で美味しくなる万能の卓上調味料だったのです。
その香りとまろやかな酸味は何とも言えない、美味しい調味料でした。詳しく聞きますと其の辺りの山には柚子の木が自然に自生しているとの事で、何処の家庭でも山から採って来て、それを絞り海水を混ぜて保存し食卓に出しているとの事でした。
早速山へ案内して貰いました。

其の辺りは、山のあちこちに柚子がたわわに生っていたのですが、驚く十代目に友人は、この奥の北川村(現、柚子共和国、幕末の志士、中岡 慎太郎生誕地)にはまだまだ沢山の柚子の山があると教えられました。翌日その北川村農協の組合長さんを紹介して貰い色々と話し合い相談した結果、其の絞り汁(後の柚子ぽんずの原液)を分けて貰える事となりました。
早速京都にて味付け等を試作して、祇園平八本店でしゃぶしゃぶのポン酢として、お客様にお出ししたところ、予想以上の好評で今までの物とは比べ物にならない位美味しいとの評価でした。
社員、取引先関係者での度重なる試食会でも大好評でした。
どの鍋物も柚子ぽんずで人気に拍車が掛かりました。

来苑のお客様には、古都最古の史跡庭園をお供に平安朝の「雅(みやび)な宴(うたげ)の夢舞台つくり」を企業概念として名刹と、のれんに恥じない、「食へのこだわり」に拍手を戴ける様、同志一同、大和心に則って精進に励みます。

10代目著「のれん物語」より抜粋
 
- お取り寄せ -
- ブログ-
- 挙式・披露宴 -
 
 
Copyright© 2008 shinsenen heihachi. All Rights Reserved.
Adobe Flash Playerのインストール
当サイトでは、コンテンツの再生、表示の為にプラグインを使用しております。当サイト内のコンテンツが正常に再生、表示することができない場合は、左記より最新のプラグインをダウンロードしインストールしてご利用下さい。